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【ミライノート】第1話「鏡の前で、ため息をひとつ」

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第1話ストーリー 

 新しい中学のリボンを結ぶたび、胸のあたりがきゅっとなる。
 クラスにはもう、笑い声の輪ができていて、私はその外側に立っている。
 放課後は、アイドルのダンス動画を飽きるまで見て、前髪の巻き具合を何度もやり直す。それが私の“安全地帯”。

 リビングから、お母さんの声がした。
「こはる、これ見て。『1日10分で成績が伸びる』って話題のノート法!」
 テーブルには、昨日の「単語カード」、一昨日の「神アプリ」、その前の「暗記ドリル」。どれも最初は“ちょっとやる気”になったけど、三日目で曇り空みたいに気持ちが重くなった。
「うん……あとで見る」
 私がそう言うと、お母さんの顔に小さな不安が浮かぶ。期待して、がっかりして、また期待して——そのくり返し。私も苦しいけど、お母さんもきっと苦しい。

 自分の部屋に戻って、机の引き出しを開けた。
 奥から、見覚えのないノートが出てくる。黒い表紙に、金色の細い文字。
 「ミライノート」
 ページをめくると、最初の行だけ、丁寧な字でこう書いてあった。

“あなたは、まだ本当の自分を知らない。
 明日、校門の前で『笑って立つ』。それだけで、世界は少し動く。”

 誰が書いたの? どうして私の机に?
 心臓がトクトクと音を立てる。いたずらかもしれない。でも、やるだけなら——できる、かも。
 私は鏡の前で前髪を整え、いつもより少しだけ口角を上げてみた。
 笑顔って、こんなに下手だったっけ。
 でも、たしかに、顔がほんの少し明るく見える。

 翌朝のことを想像する。校門。人の波。勇気のいらない小さな勇気。
 もしかしたら、何も起きないかもしれない。
 でも、もし、世界が“少しだけ”動いたら——。

 部屋を出ようとしたとき、リビングからお母さんの声。
「こはる、今日から“10分ノート”、一緒に——」
 私は一秒だけ迷って、言った。
「……今日は、私、やってみたいことがあるの」
 驚いた顔のお母さん。私の声は、思ったよりも真っすぐ前に飛んでいった。

 ドアを閉める。
 胸の中で、何かが小さく“カチッ”と音を立てた気がした。

今日のひとこと

「世界を変える前に、まず“口角”を上げてみる。1ミリの勇気が、景色を動かす。」

明日の課題(ノートより)

校門の前で“笑って立つ”。誰かと目が合ったら、小さく会釈。

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